LOGIN第 百二十五話 二人羽織 初陣で客の指名を受けた古峰が宴席に入ると 「待ってたよ、古峰ちゃん……」 客は嬉しそうな顔をしている。 「は 初めてなので緊張しますが、よ よろしくお願いいたします……」 古峰は膝をつけ、しっかりと頭を下げる。 「しっかり者だよね。 さすが禿たちの長女だな」 客が満足そうに酒を口にするが (すみません、三女なんです……) そう言いたかけたが、言葉を飲み込んでいく。 古峰は背も高く、冷静な行動をする。 実に姉らしいのだが (一番、背が低いのがお姉ちゃんなんです……) これも言いたいが我慢する。 「失礼しんす…… お酒と料理を運んでまいりました」 襖がスッと開く。 運んできたのは小夜だった。 「おやおや、君も若くて素敵だね」 客が小夜を誉めると (若ければいいのか……) 古峰は男というものを知ってしまったような顔になる。 客が酒を飲むと小夜が注ぐ。 古峰は静かに琴の演奏を始めた。 宴席が盛り上がっていくと 「そろそろ会計も終わりかな……?」 采は苦労しながら立ち上がる。 その脇から梅乃が支え、部屋に連れて行ってもらうようになっていた。 采は段々と足が弱くなっていたのだ。 梅乃は、采の寝所でマッサージ
第 百二十四話 こぼれ噺《ばなし》 「お~い~ら~ん……」 梅乃は第二子の具合を診に玉芳の家まで来ていた。 “ポカンッ――” 勢いよく出てきた玉芳が梅乃の頭を叩く。 「お前な…… 引退してから何年が経っていると思っているんだ! 近所の人だって、知らない人も多いんだ。 それなのにデカい声で……」 玉芳が追撃のゲンコツを落とす。 「すみません……」 シュンとする梅乃。 すると、玄関から大江が出てくる。「これ、お医者様になんてことを……」 「大江様、お久しぶりです」 梅乃がニカッと笑うと、大江も笑顔になり 「しかし、梅乃ちゃんは立派になったね~。 まさか、お医者様になるなんてな~」 「いえ、赤岩先生や岡田先生がいたからです」 「それと、采さんだろ?」 大江も三原屋の常連だったので、中の事情を知っていた。 梅乃は大江の家に入り、赤子の診察を始める。 「熱はないみたいですね。 これなら安心ですが……」 梅乃がチラッと玉芳を見る。 「何よ? どうしたの?」 玉芳が訊くと 「名前、教えてください」 梅乃が微笑むと 「名前? 今更?」 「へっ? 今更? 私は知りませんが……」 梅乃がポカンとすると
第 百二十三話 友情明治十年、大晦日。 年末を吉原で過ごしたいと思う人は少ない。 早めに用事を済ませて自宅に戻っていく客が多い。吉原に通える男性は東京の人口でも僅かである。 多くの客は妻帯者であり、会社を経営しているくらいの身分でなければ吉原通いは続かない。明治になり、小見世でも安いと思える見世は少なくなってきたことで売り上げはピークから半分程度になっていた。人気を誇っている三原屋、鳳仙楼、小松屋は安定しているが、売り上げが少し落ちてきた妓楼があった。長岡屋である。 長岡屋は喜久乃が花魁だった頃がピークであり、数日間だけの花魁を襲名した喜久陽が亡くなってからは人気が下がってしまった。「やはり、梅毒がな……」 長岡屋では、主人がため息をつく時間が増えていた。「梅毒なんて、どこでもなったじゃない。 三原屋だって鳳仙楼だって同じだったわよ」 主人と話すのが遣り手である。 長岡屋の主人は、女房を遣り手に据えている。 これは、どこの見世でも同じであった。「どうにか巻き返せないものか……」 主人が悩んでいる横を静《しず》が通る。 静は近江屋の禿であったが、近江屋の閉鎖に伴い長岡屋で拾ってもらった禿である。 喜久乃の傍で勉強し、時間こそ掛かったが十六歳で新造となっていた。「父様、母様…… ため息は早いです。 私も十六歳になりました。 これから孝行していきますので」 静がニコッと笑うと「お前は、苦しい時もあったのに、よく我慢してくれたな…&he
第 百二十二話 誕生 明治十年 十二月。 年末になり、吉原の活気が出て来た。 「おはよう……」 一花と二葉が外の掃き掃除をしていると、梅乃が外に出てくる。 「おはようございます」 禿の二人も元気よく挨拶をする。 「どれ、貸して」 梅乃が手を出しホウキを受け取ると 「梅乃姐さん、お医者様にそんなこと……」 二葉が焦っている。 「いいって。 私だって、少し前までは掃除していたんだから」 梅乃がニコニコしていると 「そうよ! 掃除していても、ホウキを置きっぱなしにして何処かに行ってしまったりね」 「小夜姐さん……」 中からクスクスと笑いながら出て来たのは小夜である。 「小夜…… おはよう」 梅乃がニコッとすると、 「なんで梅乃が掃除しているのよ?」 小夜はキョトンとする。 「そりゃ、妓女でもない私が掃除したって変じゃないでしょ? 潤さんだって掃除するし……」 「何を言っているのよ! 梅乃は医者なのよ。 赤岩先生だって、岡田先生だってしなかったじゃない」 小夜が言うと、梅乃は考え込む。 (そういえば先生達は掃除しなかったかも……) 考えても答えが出てこなかったので 「まぁ、私の趣味ってことにしておいて」 梅乃が微笑むと、小夜は 「好きにしたらいいよ。 三原屋《ここ》に居るだけでお婆や
第 百二十一話 親孝行 「ただいま戻りました……」 梅乃が照れ臭そうに言うと「い 生きてたんだね……」 古峰が抱きつく。「へっ? 死んだと思っていたの?」 梅乃が妓女達を見ると、「い いや…… そんなこと……」 妓女たちは、梅乃から目を逸らす。「ね 姐さんたち、梅乃ちゃんの葬式を出そうとしていたんだよ」 古峰が告げ口をするかのように言うと(なんて姐さん達だ……) 梅乃は愕然としていた。「お婆…… ご心配かけました。 ただいま帰りました」 梅乃が膝をつけて頭を下げると「梅乃…… 帰ってきたんだね……」 采は、か細い声で言い、梅乃に手招きをする。(もう歳だし、そんなに弱っていたのか……) 梅乃が菩薩のような目をして采に近寄ると“ポカン――” もの凄い音を立てた采のゲンコツが梅乃の頭に落ちてくる。「ぐっ――」 梅乃が両手で頭を押さえ、目を丸くすると「これで吉原に帰ってきたと実感しただろ?」 采がニヤッとする。「お婆――」 梅乃は両手を広げて采に飛びついていった。この日は妓女たちの風呂の日。 妓女が風呂に入れるのは週に二回
第 百二十話 一年の重み明治十年 十二月。 西南戦争終結から半年が経った。「知らせでは戦争が終わったようだけど、梅乃はどうしているんだろう……?」 采は遠くの空を見つめながらキセルを吹かせている。「お婆、ここ最近は元気がないね……」 勝来が采のことを気に掛けていると「最近じゃないですよ! 一年間、あんな感じじゃないですか」 小夜は呆れている。 (お婆…… 私が居なくなっても同じような顔をしてくれる?)小夜の心は梅乃への嫉妬というより、自分自身の存在が消えてしまうのではないかと不安になっていた。三原屋では花魁の勝来の名前より、梅乃の名前の方が知れ渡っている。 医者であり、子供の頃に殺されかけた話も有名である。「古峰…… ちょっといい?」 小夜が呼ぶ「……」 古峰は途方に暮れながら掃除をしていた。古峰も十五歳になり、新造になったのだが……「古峰――ッ」 小夜が怒鳴ると「は はい――」 古峰は慌てて返事をする。「アンタ、いつまで掃除しているのよ? もう新造なのよ! 禿に任せて妓女の勉強をしなさいよ!」「ご ごめん、小夜ちゃん…… 何故か新造と言われてもピンと来ないんだ…… い いつも三人で同じ行動をしてきたから、どうしても心が付いて
第四十六話 袖を隠す者 昼見世の時間、禿たちは采に指示を受けていた。 「いいかい、妓女として芸のひとつは身につけておかないとダメだ! 舞踏、三味線、琴でもいい…… わかったね!」「はいっ!」 三人は元気に返事する。 この冬を越えれば梅乃と小夜は十三歳となる。 菖蒲や勝来は十四歳の終わりに水揚げをし、十五歳になったら客を取
第三十八話 逆襲「こんにちは~」 梅乃が挨拶をする。この日は赤岩と往診に出ている。「あ~ 梅乃ちゃん、いらっしゃい。 先生もありがとうございます」そう言って、妓楼の中に入れてくれたのは小松崎である。以前、大量の足抜により頭を抱えていた『小松屋』の店主である。梅乃の活躍によって足抜は無くなり、見世を維持できていた。そんな小松屋が三原屋に往診を依頼してきていたのである。赤岩と梅乃が大部屋に入ると 「一列に並んでくださーい」 梅乃は早速、妓女並ばせる。(すっかり手慣れたもんだな……) 赤岩がクスッと笑う。「では、始めます」 赤岩が言うと、梅乃が妓女の服の下を確認していく
第二話 花見に馳(は)せる夢江戸に春が到来した。春の知らせとは桜である。 桜が咲けば春の訪れを意識するようになるものだ。ここ吉原は、高い壁がある。出入り口にある大門(おおもん)は、唯一の出入り口であるが妓女や禿は外に出る事を許されない。引退や、身請けが決まったら外に出られるようになる。それまでは “籠の中の鳥 ” なのである。 そして外からの情報も少なく、春の訪れを知るのは仲の町(吉原のメイン通り)に咲いている桜の開花なのである。「綺麗……」 梅乃は、同じ歳の小夜と桜を見に来ていた。 小夜も顔立ちが良く、髪は梅乃と同じ髪型であるがオットリしていて庇ってあげたくなる感じ
第一話 梅乃一八八一年 吉原 仲《なか》の町《ちょう》 「花魁《おいらん》、通ります」 三原屋の禿《かむろ》が大きな声を出す。派手な着物に、高下駄《たかげた》を履《は》く。 そして大きな傘の下、繰《く》り出す足は外に半円を描くように引きずる。花魁の外八文字《そとはちもんじ》という歩き方である。 顔は白く塗り、大きな瞳に淡い桃色のシャドウ。 薄い口元に、小さい紅が美しさを引き立てている。 こうして店の外にある引手茶屋《ひきてちゃや》まで客を迎えに行くのだ。 引手茶屋とは、規模の大きい妓楼《ぎろう》に対し、遊女《ゆうじょ》の予約をする茶屋の事である。 客は引手茶屋で